ある全寮制の理容業H社(創業30年、社員30名)の事例です。
「働き方改革」の実現に向けて、健康問題を解決するため労働時間短縮や有給休暇の取得促進がすすんでいます。一方でH社長は「独立できる人材」を育成するために社員に寄り添い、社員は「将来独立して自分で店を構える夢」と向き合い時間も忘れて働いています。H社の労働環境が決して良いとは言えません。が、理容学校を卒業した20代を中心とした若者が毎年入社しています(女性は50%)。
労働環境はおおよそ次のとおりです。
【労働時間】
「平日」
〇 7:00~9:00 ・・・清掃等開店準備
〇 9;00~20:00・・・運営アシスタント業務(シフト制)
〇20:00~21:00・・・反省会(顧客満足度・生産性を上げるための活発なミーティング)
〇21:00~ 1:00・・・実習(先輩社員の技術指導、カット模型による自主練習)
「休日」
〇13:00~20:00・・・街頭で「カットモデル」を探しカット実習(モデル…3名以上)
〇20:00~ 1:00・・・実習(先輩社員の技術指導、カット模型による自主練習)
【給 与】初任給・・・17万円
【育成システム】
〇入社~3年 ・・・先輩社員のアシスタント業務
〇3年~7年 ・・・自立し顧客をカット
〇7年~ ・・・残った社員のうち、独立(10%)、実家のヘアサロンを継承(10%)、
他のサロンへの引抜(10%)、転職(30%)など
社員の退職率は、一般的な中小企業のレベルです。多くはカリスマ美容師への夢を追って入社した社員達ですが、現実は厳しく1年以内に70%が脱落していきます。残りの社員は、「独立したい、今の苦労は将来への先行投資である」ことを自らに言い聞かせ、社員同士で切磋琢磨しています。プライベートな時間などはほとんどありません。「教育プログラム」という体系化されたプログラムは存在せず、カットやブロー時の動きや作業段取りなど、ひたすら観察して盗みます。疑問点は先輩社員に一つ一つ問いかけて解決しながら技術を磨きます。
「働き方改革」がクローズアップされる現代社会では、時代に逆行しているように思われますが、技術を身につける仕事では、「五感を使って体で覚え、理論を組み立て、その過程で人格を形成する」という過程が不可欠なのです。そして7年後、厳しい環境を乗り越えた社員のうち20%のみが独立できるのです。
H社長は、自らの経験から、独立した社員へ「ひと・もの・かね」のあらゆる面で相談にのりフォローしています。時には開業資金の援助を行い、次世代を背負う人材を育成しています。
採用難の昨今、「労働時間管理」「パワハラ」といった言葉を意識しすぎて必要以上に部下にやさしくしたり、嫌われないように顔色をうかがう上司が増えているように感じます。コンプライアンス上は当然に守るべきことです。会社に守られて安定した生活をしたいと考える若者がみられる一方で、夢を掴み取ろうと努力を重ねる若者も少なからずいます。少子高齢化によりマンパワー不足が想定される中、社会をリードする若い人材の育成は不可欠です。
昨年、独立を果たしたA氏は、「7年間、寝食を忘れて仕事に向き合う環境に身を置くことで独立が果たせた。何度もくじけそうになったが、支えてくれた社長や同僚、お客様に感謝している。一日も早く店舗運営を軌道にのせて、後輩の独立を支援し、業界を盛り上げていきたい。」と次の夢を語っています。
「働き方改革」の中で、労働環境を一律に規制するのではなく、「夢を実現するための働き方」が選択できることが求められていると感じます。
『第一法規「Case&Advice労働・社会保険Navi」h30.5.10号』筆者コラムより引用