最低賃金の上昇がもたらす地域医療に及ぼす影響

 

 ある郊外の地域密着型クリニック(創業40年、社員「パートを含む」10名)で起きている最低賃金の上昇がもたらす出来事です。

 

 

 東京都(全国の加重平均値)の最低賃金の推移をみると、

 

2008年・・・766(全国の加重平均値703円)

 

2018年・・・985円(全国の加重平均値874円)

 

 

と、10年間で219円(28.6%増)、全国の加重平均で171円(24.3%増)と急激に上昇しています。政府は全国の加重平均値で、1,000円まで引き上げることを目指しています。背景には、「働き方改革」が掲げる柱の一つである「公正な待遇の実現に向けた『同一労働同一賃金』の実施」があります。正規社員と非正規社員の賃金格差を是正し、生活の安定と消費の拡大を図ろうとしています。

 

 

 先日、郊外にあるクリニックの院長から次のような相談を受けました。「社員の8割を占めるパート社員より、『扶養から外れたくないので、年収を抑えるため労働日数や労働時間の削減を検討してほしい』との申し出があり対応に苦慮している。相談にのってほしい」。

 

 

 現状を聞き取ると、社員10名の内8名はパート社員であり、午前・午後の勤務を扶養範囲を超えないように交替制で勤務していました。特に、年末になると時間を融通し合いながら、何とか扶養範囲に収まるように働いている状況でした。

 

 

 各パート社員は賃金も年々上昇するなかで、次のどちらの働き方にするか悩んでいました。

 

    労働時間を減らして扶養の範囲内で働く

 

    労働時間を延ばし、扶養から外れても手取り収入を増やすように働く

 

 

 クリニックとしては、次のとおり検討を行いました。

 

    の場合・・・パート社員の労働時間を減らすと、人手が足りない時間を埋めるために増員が必要となる。郊外では

 

      思ったような人材の確保は難しい。仮に採用できても職場の雰囲気に合う優秀なパート社員を採ること

 

      はハードルが高い。

 

    の場合・・・労働時間を増やすために新たに業務を生み出すことは困難である。他のパート社員の勤務時間を減

 

      らすか人員を削減するかを考えなくてはならない。

 

 

 院長は70代後半と高齢なこともあり、ここ数年、クリニックの後継者を出身大学や地域の付属病院などで探していました。しかし、郊外のクリニックではなかなか後継者は見つかりません。悩んだ挙句、廃業することまで考えていました。

 

 

 クリニックの患者数は減少傾向でしたが、特に高齢者の患者さんにとってはクリニックの存在が不可欠です。他のクリニックに通院となると、1時間に1本に満たないバスに乗らなくてはなりません。バスの本数は年々減少しています。院長としても地域医療の状況を鑑みると廃院は避けたいと考えていました。また、パート社員も家族が患者としてお世話になるクリニックの存続を望んでいました。

 

 

 双方による話し合いを続ける中、以前当クリニックに勤めていた高齢女性を雇用することができたため、パート社員の希望通り、⑴労働時間を減らし扶養の範囲で働く、こととなりました。ここ数年は問題を回避できそうです。

 

 

 最低賃金の上昇は、必ずしも労働者や地域社会にとってはいいことばかリではありません。賃金の上昇に対応しきれない職場が廃業することで、扶養の範囲内で近隣で働こうにも雇用の機会を奪われます。また、郊外のクリニックがなくなることで医療難民が生じるなど地域医療への影響も大きいのです。

 

 

※第一法規「CaseAdvice労働・社会保険Navi」の201810月号「コラム」より転載