「コロナ禍で進まぬ就業規則の改定」

 今春、就業規則を見直す企業が増えました。「時間外労働の上限規制」や「同一労働・同一賃金」への対応など働き方改革による関連法の施行に伴うものです。

 

 新型コロナウィルス感染症のため、私の顧問先でも予定していた就業規則の変更説明会が延期されました。数カ月で収束すると見込んでいた企業でも、非常事態宣言が発令され、事態を静観しているうちに業績が悪化しました。

 

 従業員のモチベーションを維持するために改善予定だった労働条件を、逆に引き下げることを検討せざるを得ず、開催に踏み切れません。

 

 本来、就業規則とは、会社と従業員とが心地よく働くための約束事の集大成です。会社側が作成した規則を従業員へ説明し、過半数を代表する従業員(労働組合がない場合)からの意見を添付して、管轄の労働基準監督署に届けます。

 

 従業員の同意や労使間の協議は求められていませんので、形ばかりの説明会を開催し労働基準監督署へ提出することも可能です。

 

 ただし、就業規則を定めたからと言って、労使間の問題がスムーズに解決される訳ではありません。疑義が生じた場合には、築かれた信頼関係を壊すような一方的な変更は避けなくてはなりません。

 

 特に、小規模な企業の良好な労使関係のベースは、時代に関わらず家族的であり、親子に近い関係です。従業員を大切に思っていること、日頃から感謝している気持ちを、就業規則という約束事に上乗せし伝えなければなりません。

 

従業員は、経営者の自分たちへの思いの大きさに気づくことで、経営者のため、企業のために行動します。そこで、経営者の従業員に対する思いを伝える方法には、例えば、有給休暇、報酬があります。

 

 コロナ以前のA社は、業績も上々で、有給休暇については、勤続年数に応じた「リフレッシュ休暇」を設けたり、慶弔休暇の有給化を行う予定でした。また、報酬については、固定費となる昇給や賞与の支給月数の増加は避け、支出時期が不確定な「慶弔見舞金規程」の各支給金額を増やす計画でした。

 

 子育て世代を支援する出産祝金や、近年増加傾向にある風水害や地震発生時の災害見舞金を思い切って2倍としました。更に人材の入れ替わりの激しい小規模の企業において、腰を据えて働く動機付けとなるように永年勤続表彰の金額も倍増しました。

 

 ところが、コロナにより業績見通しが不透明となったため、予定していた有給休暇の増加も、慶弔見舞金の倍増も見送られ、経営陣の感謝の気持ちを従業員に伝えづらくなりました。

 

 これでは説明会を開いても、企業側が一方的に従業員を締め付けるための就業規則だと思われ、ただでさえコロナ禍で将来や雇用への不安を抱えている時に、従業員の不信感を増幅してしまうばかりです。

 

 そこでA社では、来春まで説明会の開始時期を延期することになりました。回復の兆しが見られた時点で、当初、発表予定だった改善された労働条件への変更を約束することで、従業員も改定を受け入れられることでしょう。

 

 

 前例のない災難の中、企業では事業の継続と就業規則の改定、従業員のモチベーションの維持との並立を図るための試行錯誤が続きます。

 

第一法規『CaseAdvice労働保険Navi 202011月号』拙著コラムより転載