「コロナ禍での後継者を探し」 

 2020年の帝国データバンクの調査では、後継者不在率(全国・全業種)は 約65%でした。特に承継を検討する時期に差し掛かる50代では、後継者不在が7割に迫ります。

 

 中小企業ほど事業承継が難しくなるのは、後継者候補の選定・育成・就任の事前準備にかける時間や経営体力に余力がないためです。結果、「後継者難倒産」は、2020110月で375件発生し前年同期を上回り高水準で推移しています。

 

 創業20年、製造・卸売業A社長(58歳)の事例です。A社は、少数精鋭の高収益体質を維持し、全3名の社員は40代、年収800万円以上、月間労働時間160時間で残業無し、9割の有給休暇の消化率を誇る優良企業です。

 

 社長は、10年前より後継者の社内育成に悩んでおり、現社員の中に適する人材は見当たりませんでした。5年前、社長の独断で採用した男性社員B(45歳)がいましたが、仕事が雑な上にコミュニケーションが苦手であるなど後継者に向かない人材でした。Bは社長と意見の対立を重ね、昨年初めに自ら退職しましたが、A社にとってはコロナ禍の売上減を人件費の低下で補填できたことは幸いでした。

 

 その後、秋になって後継者探しがスタートしました。社長は採用方針が明確でなかった反省点を踏まえ、希望する人物像や採用活動の各段階のポイントを絞り込みました。

 

 人物像は、①年齢40歳前後、②業界関係者、③素直で向上心が高くコミュニケーションを苦手としない人、としました。また、社長が自ら候補者を経営者として育成することにしました。

 

 採用活動では、次のように慎重を期することにしました。①募集段階では、信頼できる業界関係者へ後継者の紹介を要請、ハローワークでの募集、人材紹介会社の活用、を行う。②面接を3段階とし、社長面接⇒外部コンサルとの面接⇒同僚面接、と関係者総出で人物像と後継者としての資質をチェックする。③性格適性検査の結果と面談での印象を対比し参考とする。④知人へ候補者の人となりや仕事ぶりを聞き取る。⑤応募者本人へ実在する商談を持ち掛け、その対応力を見極める。コロナ禍でリモート面談が増加する中でも、候補者の持つ雰囲気を感じられるため、直接会う面談としました。ただし、三密回避は徹底して行いました。

 

 ハローワークや人材紹介会社から数多くの応募がありましたが、社長のお眼鏡にかなう人材にはめぐり逢いませんでした。暫くたって、募集の話を耳にした同業社のC(40歳)から転職の申し入れがありました。Cの本気度を試したい社長は、すぐには面談しませんでしたが、Cから「社長の元で働きたい」と再三に渡るメッセージメールが届きました。この間、社長は、業界関係者へCの仕事ぶりを聞き取り、A社と気づかれないように敢えてCに実際の取引話を持ち掛けて実力を試しました。

 

 その後、面談し、適性検査を受けてもらいました。その結果、社長が気になったのは、精神面の弱さと全体を俯瞰し判断することを苦手とすることでした。しかし、今までになく慎重に段取りを踏み絞り込んだ人材であることや、Cの評判や快い対応を総合的に判断し、採用を決めました。社長とCとの経営者育成を目指した二人三脚での取り組みが始まったばかりです。

 

 現政権は、中小企業の再編を促す構えをみせています。中小企業に対しては、コロナ禍で経営環境の厳しさが増す中でも、統廃合を含めて新陳代謝を促し、全体の生産性向上をめざす方針です。これからの中小企業には、A社のような高い労働生産性が求められています。

 Cが成長しA社を背負い、事業承継のモデルケースになることを願っています。

          

            第一法規『CaseAdvice労働保険Navi 20212月号』拙著コラムより転載