社員への想いは言葉で伝える

 社員30名の運送業A社の創業社長は、社員が取引先へ社長への不満を漏らしていることを小耳にはさみ頭を抱えていました。

 

 社長は、社員は家族同然と考えているため、利益はできる限り社員に還元し、A社の給与は業界水準を超え、景気の変動に関わらず昇給や賞与も減額なく欠かさず支給してきました。

 

  福利厚生面でも、資格取得時や家族の入学時に祝金を支払うなど規程の整備を続けています。しかし、社長が社員を想う気持ちはなかなか伝わりません。丁寧さを欠いた一方通行なコミュニケーションが仇となっていたのです。

 

 社長との相談の結果、社長の真意を伝えるために、全社員を対象に社内規程の説明会を開くことにしました。導入した経緯や金額設定の背景まで丁寧に説明したところ、社長の想いを感じとったのか深くうなずきながら耳を傾ける社員もいました。

 

 ある給与支給日の夜、中途入社の女性社員B子(24歳)から人事担当役員C子へ連絡が入りました。「給与が1万円ほど多く振り込まれています。入社1年未満は昇給しないと説明会で聞いていたのですが間違っていませんか」とのことでした。C子は「Bさんが頑張ってくれているから、例外規定にあるとおり、社長が特別に昇給させてくれたのよ」との回答に、「ワ~うれしい、ありがとうございます。頑張ります」と声を弾ませていました。

 

 翌日、B子は出社と同時に皆の前で「社長、昇給頂きありがとうございました」と深くお辞儀すると、普段はいかつい表情の社長も顔をほころばせ「オ~、期待しているよ」と返すと、周りから笑い声が響きました。以降、社内の雰囲気が徐々に柔らかくなるなど変化が見られます。

 

 多様な価値観が共存する社会では、人と人とが信頼関係を築くために、「智・情・意」のバランスを取ることが大切だと考えられています。社長が人心を掌握するときも同様です。「智」は理論を、「情」は感情面での納得を、「意」は会社がこうしていきたいという意思であり信念です。社長は、「智」により、会社の将来の財務状況を分析し、「情」では、社員が働きやすい環境づくりを模索し、「意」では、社員と共に会社を成長させ雇用を創出することで社会貢献しようと考えていました。そこで、コロナ禍の低迷期にも昇給や福利厚生制度の充実に努め、社員満足度の向上と積極的な採用を心がけてきました。

 

  それにもかかわらず、会社への批判が起こったのは、社長が社員や会社経営に対する想いを伝えることを怠っていたことが問題でした。社長の方針が理解されなかったために不満を招き、会社批判に繋がっていたのです。

 

 中小企業では生じがちな問題です。多くの社長は、社員や会社の繁栄を願う気持ちを分かりやすく伝えることが不得手です。A社のように、社内規定の導入背景、社長の想いを説明会などを通じて伝える場面を設定してはいかがでしょうか。