【ピンチはチャンス 気持ちを切り替えて好転】

 社員10名で3店舗を経営する整体院A社長から興奮した様子で電話がありました。勤続20年のエース級B店長が、独立するので退職したいと言ってきたが、徒歩圏内に出店するかもしれず顧客を持ち出されては困る。「何とか取りやめさせる方法はないか」との相談でした。

 

 高い技術レベルや温厚な人柄など、社員個人の魅力に顧客がつく職業では起こる出来事です。実際、同様の会社から、就業規則に「競業避止義務」を記載することを依頼されることは少なくありません。

 

 競業避止義務とは、会社の取締役や社員などが、自分が所属する企業と競合する会社などに転職したり、自ら競合する会社を設立したりするなどの競業行為を禁ずるものです。一方で、憲法第221項には、職業選択の自由が明記されており、退職後も競業避止義務を課すことは、職業選択の自由に反するものであるといえます。

 

 条件により競業避止義務契約の有効性が判断されています。

例としては、

⑴守るべき企業の利益については、不正競争防止法によって明確に法的保護の対象とされる「営業秘密」などの情報やノウハウを持っているかどうか、

⑵従業員は企業が守るべき利益を保護するために競業避止義務を課すことが必要な立場や地位であったかどうか、

⑶地域的な限定があるか、また、業務の性質などに照らして合理的な絞り込みがなされているか、などです。

 

 いずれにしても今回の小規模な企業のケースでは、独立する社員と争うことは、精神面での負担や時間や労力などの費用対効果を鑑みると、双方にとってプラスになるとは言えないと考えました。

 

 後日、社長と話し、社員を集めて対策ミーティングを開きました。事前に社長に伝えたことは、会社にとってマイナスの発言は厳禁、プラスの発言だけを求めることでした。テーマは「B店長の退職が、会社・社長・社員・他店舗の社員にもたらすメリット」に絞りました。

 

 開始暫くは沈黙が続きましたが、ミーティングの途中にA社長へ電話が入り、最新のサービス技術導入の支援話が持ち掛けられたことで空気は一転しました。幸先の良い話から展望が開けたと感じた社長は、社員を取締役や新店長に登用する新しい制度案や数年後の経営権譲渡案まで語りました。そして、夢を描けた社員から、コロナ後のV字回復を見据えた店舗改装案や予約システム上の問題点と解決策などが次々に発案されました。

 

 その後、一番変化したのは、B店長の元で15年間務めた社員Cでした。副店長であるCは、患者さんにとって何が最適な治療なのか地道に試行錯誤を続けていました。数年後には店舗の経営権を取得できるチャンスがあることを知りはつらつとしています。コロナ禍の売上の減少やエース級店長の独立という重苦しい雰囲気も一掃され、職場に一体感が生まれました。

 

 コロナ禍で先行きの見通せない状況が続く中では、多くの場合、A社長のような状況になると、信頼する社員に裏切られたという負のエネルギーで行動しようとすることでしょう。しかし、100年に一度の非常事態だからこそ社員に思い切った打開策で夢を与えることが出来ます。逆境に立たされた経営者には、プラス思考で社員を引っ張る行動力が求められると感じる出来事でした。

 

 

第一法規『CaseAdvice労働保険Navi 2021年8月号』拙著コラムより転載