最低賃金の急上昇がもたらす影響

 今年10月から最低賃金が大幅に増加改定されました。最高額は、東京都の1,041円、次に神奈川県の1,040円となります。

 

 最低額は沖縄県の820円、全国で800円を超えましたが、今後も政府の方針として全国の加重平均値が1,000円になるように最低賃金の上昇が続きます。

 

 東京都(全国の加重平均値)の最低賃金を20年前と比較すると次の通りです。

2001年・・・708円                      『全国の加重平均値664円』 

 

2021年・・・1,041円(20年間で+333円「+47%」)『全国の加重平均値890円(20年間で+226円「+34%」)』

 

一方で、政府提供の最新データ「2020年基準・消費者物価指数」では、消費者物価の上昇はほぼ見られません。

 

2000年平均・・・100.3(東京都区部)、97.3(全国平均)

 

2020年平均・・・100.0(同上)    、100.0(同上)

 

多数のパート社員を抱える製造業等では、顧客離れを懸念し、人件費増加分の価格転嫁に躊躇しています。

 

 先日、昨年に比べ時給が28円上昇した都内の社員30名ほどの製造業の社長から相談を受けました。

「最低賃金の上昇にあわせてパート社員の時給を上げてきた。最低賃金の上昇は、扶養範囲内ギリギリで働くパート社員のシフト時間を減らさざるを得ない。今後の補助金や助成金の支援も見通しがつかず人員補充や負担増は厳しい。」と困った様子でした。

 

 課題を整理します。

 ⑴ 最低賃金で働くパート社員の時給のみを上げると、年間の昇給幅を10円~20円としている勤続2年以上の

  パート社員の時給を超えてしまうため、パート社員すべての昇給を図る必要がある。

 ⑵ 正社員の月給は、最低賃金に月間平均労働時間を乗じ、固定残業代を加算した金額をベースとして設定して

  いる。パート社員と同様に人件費の増加が避けられない。

 ⑶ 扶養の範囲内で働くパート社員には、年収要件がある。最低賃金の上昇幅に合わせて昇給しつつ扶養の範

  囲内で働くには出勤日数を減らさざるを得ない。不足する出勤日数を埋めるためには、パート社員の増員が必要

  となるが不足する最低時間だけ出勤してくれるような人材はまず見つからない。

 

   その他、人件費が増えることになってもコロナ禍で売り上げは減っており、帳尻を合わせられるか。また、社員総

  数が増えると軋轢や派閥が発生し、良好な人間関係を崩すようなリスクは避けたいと不安と要望を口にしました。

 

そこで、社長との協議の結果、つぎの対策を行いました。

 ① 最低賃金の上昇分を全従業員に転嫁することはやむを得ない。人員配置に無駄がないかシフトを見直し、ま

   た、業績が回復するまで、足りないシフト分は社長をはじめ役員が入り、総労働時間と人件費の圧縮を行う。

 ② 正社員の固定残業時間を見直す。経営数値を公表し正社員の個々に合意を得たうえで、固定残業時間を実

   態に合わせ削減し、労働条件の不利益変更を行う。また、定額支給していた賞与額は、業績に連動させる。

 

 上記の指針を伝えるために社員説明会を開催しました。コロナ禍での会社の苦境は各社員も一応の理解を示したのか反対意見もなく、施策を実施することになりました。

 

 しかし、不満は表面化しにくいものです。理解してくれていると思っていても、ボタンの掛け違いがあり、社員が不満を募らせている例もあります。トラブルを未然に防ぐためには、賃金などの労働条件への不満を吸い上げて改善を重ねることが必要です。

 

 

 今回のケースでは、社長が「労使間で定期的に話し合いの場を持ちたい」と相互理解に努める姿勢を見せており、問題が出てきても傷の小さなうちに対処できそうです。

 

第一法規『CaseAdvice労働保険Navi 202110月号』拙著コラムより転載