「雇わない経営から想うこと」

 これまでは、コロナ禍でも積極的に人員補充を行う中で生じたトラブル対応について触れてきました。今回は、雇わない経営に舵を切った社長の事例です。

 

 社員3名の理容業のA社長からの相談です。コロナ発生前までは、狭い店舗内の動線を工夫し、3名の顧客に同時対応していました。

 

 2年前、コロナ感染対策の徹底に悩んだ社長は、様々な検証を行った結果、安全を最優先し、顧客対応を同一時間帯1名に限定、社長が全業務を1人でこなす営業形態(ワンオペ営業)に切り替えました。人手不足の中でやっと採用した社員を知人の店舗に紹介、トラブルなく退職させることが出来ました。

 

 顧客減少の中、ワンオペ営業に切り替えたことにより売上と経費のバランスがとれるのか不安もありました。ところが、来店頻度が減っても必ずカットする顧客はいるため、体制が変わっても予約は1月先まで埋まり、無駄のない営業に好転しました。

 

 社長の日常も変化しました。苦手な人材育成や、社員への配慮から生じるストレス、最低賃金の急激な上昇や社会保険料の増大などコストへの不安、手空き時間の技術指導などのわずらわしさから解放され、表情も明るくなりました。

 

 余裕ができた社長に対し、顧客は気兼ねなく愚痴や相談事を口にでき親近感が増したようです。既存顧客の囲い込みにも成功しました。また、取り組みたかったエステサービスを付加したことにより、新規顧客の獲得や客単価の向上にもつながっています。

 

 雇わない経営に向いている社長とは次のようなタイプであると考えます。⑴採用に自信はないが仕事の需要はある、⑵人材教育や人事管理は苦手である、⑶法令に従って休暇や賃金等の労働条件を引き上げ続ける自信がない、⑷取り組みたい仕事が多岐にわたり融通が利く、です。

 

 欠員があれば即補充する中小零細企業も少なくありません。「一億総活躍社会」と生涯現役で働くことを求められる時代です。経営者が社会貢献として雇用の拡大を図ることはとても大切なことです。

 

 一方で、起業20年後の会社の存続率が0.3%という厳しい社会情勢の中で、社員の雇用を守り続けることは簡単ではありません。A社のような事例は珍しいかもしれませんが、中小零細企業が生き残るためには、「雇わない経営」も選択肢の一つであると考えさせられました。

 

       第一法規『CaseAdvice労働保険Navi 20224月号』拙著コラムより転載