新人と既存社員とが共に成長するには

 電気工事業A社(創業30年、社員10名)の社長より、最近採用した課長待遇の社員B子(45歳)に関して相談がありました。

 

B子は、社長が理想とする正に「優秀な社員」です。臨機応変に対応でき、コミュニケーション能力、専門性、自己管理能力がいずれも高く、専門学校に通いながら資格取得を目指し自己啓発にも貪欲です。業務の流れを掴むのに3カ月もかかりませんでした。

 

ところが、社長が大きく期待していた若手や中途採用者(「育成対象者」という)の育成には取り組みません。社員育成については、採用面接時、本人も承知していたのにも関わらずです。それどころか、他社員が残業する中、自分の業務を終えると、さっさと定時退社していました。周囲に気遣う姿勢も見せない中での定時退社は、反感を買い孤立していきました。

 

 B子と面談を行いました。本人が期待される役割と成果をどのように考えているのか尋ねると、若手のお手本となるように効率よく業務を行いながら指導・育成を行うことであるとは理解していました。世間話を交えながら話を進めると徐々に本音が明らかとなりました。

 

 B子自身が業務指導された経験はなく指導法も分かりません。先輩の行動から盗み取り身に着けてきました。そのため、スキルは現場で自ら意識して学び習得するものであり、後輩の育成に充てる時間があれば、専門学校や大学に通うなど自己投資に時間を割くことのほうが意義があると考えていました。

 

 また、個人で成果を上げて昇格・昇給に結び付けることが得策であり、若手の指導には忍耐と時間を要するため、自ら業務遂行したほうが早く成果を出せる、とも話します。

 

「それに」とB子は続けました。「この会社は、育成に力を入れても評価につながらないですよね」と、A社には教育係になった社員を評価するシステムがないことを示唆しました。

 

このままではB子は退職してしまうと感じられました。B子以外に教育係が見当たらないこともA社の課題でした。そこで、教育係の負担軽減と育成対象者自身が主体的に学べる環境を整備することとし、B子に具体策を伝えました。

 

➀課長待遇以上の社員には、年2回の賞与支給時、「育成対象者に関する自己評価書」を記入させ、通常の定額支給に「+α」を支給し、指導・教育に対する意識を高める。

②管理職層の指導教育への時間的・精神的な負担を軽減するため、模範社員の業務の流れを映像化した「業務マニュアル」を作成し、各自で自主学習できるシステム導入を試みる。

③育成対象者のスキルアップを図るための資格取得など、金銭援助や学習時間を確保できる体制を作るため、既存規程を改定する。

 

 これらを全社員に公表し、順次実施することにしました。社員の意識が変わるまでには時間を要しますが、修正を加えながら効果が現れることを期待しています。

 

 近年、大手企業を中心に職務内容に適した経験とスキルを持った人材を採用する「ジョブ型雇用」や成果主義が広がり、個々の能力を磨き続けることが求められています。先輩社員が、後輩の教育よりも自己の成長を優先することは自然な流れでしょう。しかし、次世代の育成なくして、継続的な企業の成長は考えられません。

 

 

政府は今年6月、「経済財政運営と改革の基本方針2022」(いわゆる「骨太の方針2022」)を閣議決定しました。人的資本投資として、2024年度までに4,000億円規模の予算を投入する施策パッケージを講じ、学び直しや同一労働同一賃金の徹底をキーワードとし、働く人が自らの意思でスキルアップすることへの支援を表明しています。詳細はこれからとなりますが、企業側でも人材育成に活用できるかもしれません

 

第一法規『CaseAdvice労働保険Navi 20228月号』拙著コラムより転載