「部下の独立・転職とどう向き合うか」

 今回は「競業避止義務」の事例を取り上げます。コンサルタント会社などに勤める社員と顧客との関係は、個人レベルの信頼で成り立っていることが多いと考えられます。 

 

 そのため、社員の独立や転職時には「競業避止義務」が問題となり、会社は営業秘密の流失は当然ながら、顧客の持ち出しや近隣での営業活動を防止しようとしがちです。

 

 しかし、独立や転職に制限をかけることが会社にとって本当に有益なのか考えさせられるケースがありました。

 A社の例です。ベテラン社員B男(45歳)が独立するため退職を申し出ました。B男は、エース級社員であり、社長自ら引き止めましたが意思は変わりませんでした。社長は、B男に期待していたため育てた恩を忘れられたと感じていました。さらに独立はやむをえないとしても商圏を荒らされることを懸念していました。

 

 後日、社長から顧客の持ち出しや開業エリアを制限するための対策について相談がありました。方法として、競業避止義務を退職合意書などに記載することは可能ですが、営業秘密や重要顧客の持ち出しなどは別として、商圏が重ならないような厳密さを求めることは困難です。

 

退職後の競業避止義務の有効性については次の通りです。

(1)競業避止義務契約が契約として適法に成立していること

退職後の競業避止義務が契約として成立するためには、就業規則で定めている、個別の誓約書(個別の合意)で定めていることなどが必要。

(2)   競業避止義務契約の内容に合理性があること

➀企業側の守るべき利益があること…営業秘密や、営業秘密に準じるほどの価値のある営業方法や指導方法等の独自のノウハウが該当する。

従業員の地位…合理的な理由なく従業員すべてを対象にする規定は問題視され、特定の職位にある者全てを対象としているだけの規定は、合理性が認められにくい。形式的な職位ではなく、具体的な業務内容の重要性、特に使用者が守るべき利益との関わりが判断される。

地域的限定…会社の事業内容や、職業選択の自由に対する制約の程度、特に禁止行為の範囲との関係を考慮した判例が見られる。不必要に広範な地域について競業避止義務を課しても、有効性を否定されやすい。

④競業避止義務期間…1年以内については認められる傾向が強く、2年を超えると否定される傾向がある。ただし、これも会社のノウハウなどの重要性や労働者が受ける不利益の程度も考慮して判断される。

禁止行為の範囲…競業企業への転職を一般的・抽象的に禁止するだけでは合理性が認められないことが多い。業務内容や職種等を限定した規定は、肯定的に捉えられ、企業側の守るべき利益とのバランスが判断される。

代償措置…代償措置と呼べるものが何も無い場合には、有効性を否定されることが多い。競業避止義務の対価として明確な代償措置でなくても、何らかの措置が存在していれば、肯定的に判断される。(経済産業省「秘密情報の保護ハンドブック~企業価値向上に向けて~参考資料5 競業避止義務契約の有効性について」より抜粋)

 

3か月後の退職当日、社長は穏やかな表情でB男に接しました。経営者仲間に相談し熟考した社長は、独立を阻止することより、仲間を増やすことを選択しました。B男には既存顧客を与えたばかりか、参考となる書物も退職金代わりに支給し、競業避止義務を課しませんでした。

 

 しばらくして、社長はB男を会食に誘いました。B男の立場なら「クレームでも入れられるのかな」と思うことでしょう。ところが、社長は「近隣で開業しているのだから顧客動向や業界動向を共有していこう」と提案しました。社長は、商圏を1社ではなく複数社で攻めることのほうが互いにメリットがあると判断したのです。その後、定期的に情報交換し、顧客を融通しあうなど共に成長できる関係を築いています。

 

 

実業家から「45歳定年説」や「終身雇用を維持することが難しい」との発言がなされる中、専門性を磨くなど自己の成長が不可欠な時代となりました。今回のケースのように、上司が俯瞰して対処したことで、上司は自身の人脈が広がりました。一方、部下は新たなステージで経験や実績を積むことで、相互に学びあい業績にも良い影響が表れています。

 

第一法規『CaseAdvice労働保険Navi 20231月号』拙著コラムより転載