任せることと放置すること

「転職者の本音のアンケート結果(複数回答可)」(2021年・エンジャパン調査)によると、第1位…報酬を上げたい(57%)、第2位…上司と合わない(48%)、同2位…評価に納得がいかない、同2位…職場の人間関係が合わない、となっており、上司と部下とが相互に理解するにはコミュニケーションの取り方が鍵となるようです。

 

 今回は、エステ業の例です。店舗監督していた取締役は、店長がどんな状況下でも売上目標が達成できないと、「怠けているに違いない」と決めつけ厳しく指導してきました。

 

 そのおかげで、最低限の売上数値は上がっていました。ところが、コロナ前に取締役は退任し、社長が店舗監督を引き継ぐことになりました。社長は楽天家で、「社員の自主性に任せる」が口癖で、運営のすべてを店長に委ねる方針です。

 

 店長にとって、取締役は煙たい存在で緊張が解けたところでした。加えてコロナによる自粛営業中、社長や店長、社員が相次いでコロナ感染し赤字経営が続きました。店長を中心とした社員は、3年に及ぶコロナ禍で赤字営業に慣れ切り、経済活動がコロナ前に戻りつつある今年に入っても売上は回復しません。むしろ、売上に無頓着となり忙しく働くことを避けているかのようでした。

 

 経営上の問題点は次の通りです。

    コロナという特殊な環境下で店舗運営全てを背負わされた店長が疲弊していたこと

    社長との対話は電話報告のみで、店長に対し心の通った対話や指導がなされなかったこと

    そもそも部下とのコミュニケーションの重要性を社長が理解していなかったこと

 

社長は店長に任せていたのではなく、放置していただけでした。「任せること」と「放置すること」とが区別されずに無意識のうちに混同される例は少なくありません。任せる際、教育する側が意識するのは、一歩引いて状況を俯瞰し相手の言動を観察することです。次に、問題点や解決策のヒントを助言することと、悩み事を共有し解決策を一緒に考えます。

 

これらどのサポートもタイミングが重要です。このケースでは、途中経過を把握せずに放置していたため、直近数か月前までコロナ前の70%の売上で推移し回復の兆しは見られませんでした。

 

 対策として、取締役がいた時に開いていた月1回の定例ミーティングを再開することにしました。本音をくみ取るため、社長と店長と私の3者間とし、時には店長の労をねぎらうため、落ち着いた老舗飲食店を会場とし気を配りました。

 

 内容は、前月の数値や新たに取組んだ集客施策の実施報告など一般的な内容でしたが、徹底したことがあります。新たな試みには、たとえ成果が表れていなくても責めないことでした。徐々に店長は、集客方法を自発的に工夫するようになりました。新たなネットクーポンの導入や店舗前でのチラシ配布、紹介キャンペーンやセットメニューを展開し、前月比売上510UPと回復基調にあります。

 

 このように、上司が任せているつもりでも管理責任を放棄している事例が見受けられます。任せることには、部下に常に目を配り、困ったときにはすかさず手を差し伸べる細かな気配りが必要です。近年の管理職は、プレイングマネージャーとしての資質が求められるため業務負担を感じており、昇進を望まない管理職候補生も少なくありません。ある調査では半数の社員が管理職への昇進を望まないとの結果も出ています。

 

 

 一方で実際に管理職になった場合、非管理職でいることよりも実は仕事の幅が広がります。任せることで部下が成長できれば、自身の既存業務の負担が減り、新たな業務にチャレンジできる機会が得られるためです。部下の育成過程において、任せることと放置することとの違いを理解し、部下と共に成長する道を模索されてはいかがでしょうか。

 

第一法規『CaseAdvice労働保険Navi 2023年4月号』拙著コラムより転載