『信用と信頼』

今回は、「信用」と「信頼」の違いを考えず部下に任せたために起きた出来事と、その対策について考察します。

 

 カスタムカー製造業での事例です。総務部長は、温厚な人柄で社員にも取引先にも愛されており、20年以上にわたり経理を担当していました。社長は、全幅の信頼を寄せ、金庫番として経理を任せていました。

 

 2020年からコロナ感染が拡大すると、自身や家族の感染により社長が長期間出社しない日が複数回ありました。

 

 2023年に入りコロナ制限が緩和されると、整備やカスタム化の依頼が殺到し、工場の拡大計画の検討を始めました。タイミングよく隣地が売りに出されたことで、資金状況を確認すると、帳簿と現金が合いません。急な出費で申告せずに持ち出した現金がなかったか、と振り返っても記憶にありませんでした。

 

 もしや盗難にでもあったのではないかと考え、普段は気にもかけなかった防犯カメラの映像を確認したところ、愕然としました。総務部長が顧客から受け取った代金の一部を着服していたのです。

 

 社長から事の次第を問いただされた総務部長は、30代の息子が失業、離婚し、コロナ禍で再就職できていない状況を話し始めました。住宅ローンの返済や養育費の支払いを肩代わりすることとなり、数千円ならいつでも穴埋めできる、と出来心で着服を繰り返していたことを白状しました。当初、社長は、怒りに震え警察へ届け出て懲戒解雇するつもりでした。

 

 ところが、いろいろ考えた末、減給処分に留め更生のチャンスを与えることにしました。その理由の一番は、苦楽を共にし会社を成長させてきた総務部長に対する感謝の気持ちがあったためです。加えて、社長自身が定期的な会計監査を怠ったことを深く反省し、総務部長の行動の原因は自分にもある、と考えたためでした。

 

辞典では、信用とは「それまでの行為・業績などから、信頼できると判断すること」、信頼とは「信じて頼りにすること、頼りになると信じること」と定義されています。つまり、信用とは条件付きで信じ、信頼とは条件なしで信じることといえるでしょう。

 

 総務部長の窃盗行為は、許されるものではありません。しかし、人材の確保が難しいなか、社長の右腕となる人材に出会える機会は稀です。長年築いてきた歴史もあり、切り捨て難い関係になっていました。

 

 ただ、どんなに信じていても、あくまでも一従業員であり、家族とは違います。信用と信頼を理解して使い分け、主従間の責任を明確にすることがとても大切です。そうすることによって、上司として管理責任を果たせ、同時に、部下が間違いを犯すことを未然に防ぐことに繋がります。例え信頼できる部下であっても、些細な行動の変化を注視し、その変化要因を探る姿勢が重要です。

 

 この事例では、再発防止のため次の対策を講じました。

➀経営者として、信頼と信用の違い理解し、部下毎に対応する

②月1回の監査(通帳、伝票、現金の残高チェック)を行う

③職務権限を見直し改定する

 

 部下毎に信用と信頼を使い分けることは容易ではありません。大切なのは、信頼すると決めたときには、自身の判断が正しいと信じてとことん任せることです。信頼された部下は、能力以上の成果を発揮する可能性があります。この場合、期待を裏切られるようなことになっても、その結果を受け入れる覚悟が必要です。少しでも不安がよぎるようであれば、信用に留めておくのがよいでしょう。

       第一法規『CaseAdvice労働保険Navi 20235月号』拙著コラムより転載