かつての会社には「鬼軍曹」が存在し、社員に睨みをきかせていました。このおかげで、組織には良い意味での緊張感があったと思います。
人材不足の中小企業では、社長や幹部社員の指示がきちんと行き渡っていないことがあります。この理由を、会社側は、社員が反発しているためと考え、「無理強いすると辞められてしまい困る」とその状況を放置してしまうからです。社員側からすると、決して反発しているわけではありません。
ただ、上司に強く言われなかったため、取り組まなくて済む楽な方へ流されてしまうのです。労使関係は、本来、社員が会社の指揮命令下で労務を提供し、会社が労働の対価として給与を支払うことで成立しています。この均衡関係は、会社が指揮命令を曖昧にすることで崩れてしまいます。
製造業A社の事例です。社員B男は、持ち場の作業が遅れているにもかかわらず、定時退社を続けていました。B男はダラダラ作業が習慣になり、納期が差し迫った状況でも残業を拒否していました。さらに、就業規則では土日以外の祝日は出勤日なのに、有給で休みを取得していました。上司が、遠慮がちに作業の遅れを指摘し出勤を促しても従いません。結果、納期は遅れ、社長が取引先に謝罪に廻る始末です。
問題点は、事なかれ主義の社風にありました。加えて、部下の離職率が人事評価基準にあったため、上司が委縮してしまい厳しい姿勢で部下と向き合えていません。叱る人がいない上に、辞められては困るといった上司の弱気な姿勢が、会社の信用や売り上げにも影響していたのです。このような会社の共通点は、かつての組織に一人は存在した鬼軍曹がいないことです。
数年前の創業時は、社長自らが鬼軍曹になっていました。毎日愛情を持って叱咤激励し、全社員が真剣に職務に取り組んでいたところ、会社の急拡大と共に、社長が直接社員を叱ることはなくなりました。新たな組織で各部署の上司が、愛情ある叱り方も引き継いでいたら良かったのですが、残念ながらそのような場面は全く見られなくなりました。
命令系統が階層化される中で、管理職層が部下に遠慮し、職場の緊張が緩んでしまったのです。以前の社員は、若いうちは鬼軍曹に叱られないよう必死でした。「鍛えられた社員は、成長と共に責任感が芽生え、取り組む姿勢ができたものだったのに」と社長は当時を懐かしんでいます。
嫌われ役を演ずる鬼軍曹は、時代が変わっても不可欠な存在だと考えます。しかし、「やばい、あの人が来た!」と言われる上司が職場に何人いるでしょうか。近年、労働者が「ハラスメントだ」と主張すると、訴訟に発展するケースが増えています。上司は面倒な局面に巻き込まれることを避け、指導が必要と理解しながらも部下を放置する傾向が見られます。上司の多くは、部下の成長を願い、愛情をもって育てようとしています。
もし、上下間の意思がかみ合わずトラブルに発展した場合は、会社は上司を責めるのではなく守る姿勢も示し、解決策を共に模索する姿勢も必要です。社員教育でも、常に冷静に判断し毅然とした態度で臨む覚悟が求められています。
第一法規『Case&Advice労働保険Navi 2024年1月号』拙著コラムより転載