
【背景】
今年10月から最低賃金が大幅に増加改定されました。最高額は、東京都の1,163円(前年+50円)、最低額は秋田県の951円(前年+54円)、全国の加重平均値が1,055円(前年+51円)となりました。政府は2029年までの5年間で、全国の加重平均値が1,500円になるように最低賃金を引上げる方針を掲げており、東京都の場合1,600円を超える見通しです。
【事例】
最低賃金の急上昇について正社員(パートなし)の広告業の社長から相談を受けました。
「残業時間を実態より多く算出し、固定残業時間45時間と定めるなど給与では同業他社より優遇してきた。最低賃金の上昇にあわせて昇給してきたため、社員に不満はなかった。また、新卒者の初任給は、最低賃金を軸とした基本給と固定残業代の合算で26万4000円に上り、中小企業としては好待遇のため喜ばれている。しかし、このまま最低賃金が引き上げられると、他の社員の賃金も連動して上昇するため、社会保険料の負担も気がかりである。どうしたものか。」
【問題点】
最低賃金の上昇は、次のような問題点をもたらします。
⑴ 5年後、政府の目標通りに賃金が上昇した場合、初任給は現状の給与体系で算出すると36万円(+10万円)を超える。全社員(40名)の昇給を行うと、年間2億円もの売上アップが必須となるが対応可能なのか。売上を年間2億円アップするには増員が伴い、増員分の人件費を賄うには更なる売上増が求められる。
⑵ 賃金の急上昇を避けるために、「基本給+固定残業手当(45時間分)」とした現体系を見直し、新賃金制度を導入するのか。実態よりも過分に支払っている固定残業手当を縮小すると、残業代目当てのダラダラ勤務に繋がる恐れがある。
⑶ 固定残業時間の縮小などは、不利益変更を伴う可能性が高く、従業員の同意を得るにはハードルが高い。また、賃金体系の変更に関わる人事労務費や外注費の負担には数百万円が見込まれる。
A社は、利益を最大限社員へ還元してきました。そのため、急激な最低賃金の上昇は、社員の削減をも考えざるを得ない状況ですが、今までの良好な労使関係から雇用の維持は必須です。
【解決案】
最低賃金の上昇分をそのまま給与に反映することが難しい場合に備え、解決案について検討を始めました。
① 年間2億円の売上増は見通しが立たないため、業績以上の定額支給を常態としていた賞与を業績連動型へ変更する。差額は、給与水準維持のための原資に充当する。
② 管理系の中でも営業職に対応できる人材を配置転換し、定型である管理業務は外注し、残った原資を賃金上昇分に充当する。また、役員や管理職もマネジメントの合間に営業活動に従事し、売上の底上げを図る。
③ 業務内容を見直した上で、労働時間全体の削減を目指し、結果として固定残業時間数の縮小に繋げる。労働条件の不利益変更を伴う場合は、経営数値を公表し個々の社員に合意を得る必要がある。
【まとめ】
中小企業にとっては、思い切った目新しい対策は取れませんが、最低賃金を1,500円とする方針が決定されると、社員にとっては多少の不利益変更が伴うことも想定されます。雇用を守りながら会社が生き残る方法を話し合う場を設定し、社員へ理解を求めることが肝要です。
その際には、決算数値など財務諸表を包み隠さず開示しながら解決策を模索する過程を経て、妥協点を見出すことが重要でしょう。このような急激な変化の中で中小企業が生き残るためには、補助金や助成金などの政府の支援が不可欠であると考えます。
第一法規『Case&Advice労働保険Navi 2024年12月号』拙著コラムより転載