【取り敢えず採用から熟考する採用へ】

【導入】リクナビの調査によると、2024101日時点での大卒学生の就職内定率は約96%にも達し、好調に推移しています。一方で、採用側の中小企業では、少子化の影響などで、新卒を含めた若手人材の採用に苦戦する状況が続いています。

 

【事例】製造業A社(社員50名)の社長から「6カ月ぶりに採用した若手社員B子(21歳)の欠勤が3日続き、連絡もつかず困っている、どのように対処すべきか」と相談がありました。

 

聞き取ると、次のような状況でした。出勤初日と2日目は時間通りに勤務、しかし、3日目は風邪をひいたと電話連絡を入れて欠勤、4日目は出社したものの体調が優れないとのことで午後には退社。5日目~7日目はとうとう無断欠勤し、電話もつながりません。

 

 早速、人事担当者と共に自宅に向いました。在宅の気配を感じるもののインターホンに応答しないため、会社に連絡するよう促すレターと留守電を残しました。また、別途、書留による出社の催促と現状の報告を求める文書を送付しました。その後も一向に連絡がないため、自己都合による退職を想定し、退職に必要な書類一覧とともに、一定期間、理由なくこの状態が続くなら当然退職となる告知文も入れ郵送しました。一定期間の経過後も連絡のなかった結果、就業規則に則り当然退職の処分としました。

 

 社長に経過を報告した後、関係社員を集め状況説明を行いました。すると社員は、ホッとするどころか口々に溜め込んだ不満を言い始めました。社員たちは、中途半端な採用を社長が続けているおかげで、通常業務に支障が出、事後処理に振り回され困っていました。更に、人事担当や現場教育担当の社員の中には、退職を匂わす者もいたのです。この状況をすぐに社長へ報告すると、ワンマンで通した社長もショックを受けた様子でした。速やかに対策を打たなくてはなりません。

 

【問題点】問題は、人材不足の解消を焦った社長が場当たり的な「取り敢えず採用」を続けてきたことです。B子については、定時制高校に通学していたものの定職には1年程しか就いていませんでした。卒業後も9カ月以上にわたり就業実績はなく、この理由を尋ねることもしていません。このように事前の調査・分析が不足したなか採用に踏み切っていました。そもそも、お金や手間をかけて入社させる価値のある人材であったのか、疑問が残ります。社長は自己の直観だけで決めていました。加えて、労働局の指針にある就職差別をしないための、いわゆる「尋ねてはいけない事項」を十分理解できていないことでためらい、肝心なことを聞き出せていませんでした。

 

結果として、

採用コストが無駄となる、

②労働契約書の締結から社会保険の資格取得、制服の手配など入社後の事務手続きをする人事担当者の負担が増加する、

③教育してもすぐに辞めてしまうので、受入れ先の現場社員が疲弊している―、など会社にとってのデメリットは過大でした。

 

【解決策】ワンマン社長の下で、採用の仕組みを変えることは不可能と思われてきました。しかし、現場の苦悩を理解した社長は、自ら反省し方針を転換することにしました。具体的には、採用担当者を交えて対策ミーティングを開き、次の通り進めることにしました。履歴書の行間を深読みし応募者の人物像を探る、

②性格適正検査を必須とし、面接での印象や履歴書の内容との整合性を確認する、

③面接を社長も含め複数人で行う複眼面接とする、

④採用面接時に「尋ねてはいけない事項」の理解に齟齬が生じないよう、周知徹底する―。

 

【まとめ】繰り返されてきた社長の独断による「取り敢えず採用」でしたが、社長が現場社員の疲弊に理解を示したことで、採用方法は刷新されました。これに伴い、社員も採用に前向きに臨む姿勢が見てとれるようになりました。今後、A社の人材の採用と定着がスムーズにいくことを願っています。

 

 

第一法規『CaseAdvice労働保険Navi 20252月号』拙著コラムより転載