【能力不足社員への対応】

【背景】設計施工会社A社長から、3年前に採用した実務経験のない有資格者B男(32歳)について相談がありました。

 

 B男が監督として請け負った現場の完成検査による評価(主な根拠法は地方自治法)がA社史上最低で、取引先からの評判も芳しくなくクレームも出ているとのことでした。妻が妊娠中の社員でもあり、家族のためにも自覚を持ってもらいたいので、一度本人と面談してもらえないかというものでした。

 

【問題点】早速、評価結果を確認すると、特に管理能力や統率能力に対する評価は、通常ほぼ満点になるところ、B男は7割を下回っていました。これは、監督者として現場をまとめる能力全般が低いことを示しています。見た目の印象にも繋がるこの能力は、他の項目の評価も大きく下げる原因ともなっていました。

 

B男の社内の仕事ぶりを聞き取ると、次の実態がわかりました。➀声が小さく現場で指示が伝わらない、②役所への提出書類に誤字・脱字が多い、③上司や同僚への報告・連絡・相談(報・連・相)がなく社内連携がとれない、④クライアントとの打合せ時に資料を準備していない、⑤発注ミスが多い-。これらから、現場監督としての能力不足・注意力不足が裏付けられました。

 

【解決策】B男に対する改善指導を始めることにしました。現場人材が不足するため、指導は担当役員が行います。まずは、未達項目を列挙した「改善指導書」を作成しました。この書面の下欄に「本指導書の内容を確認し、改善指導に基づき行動を改めることを誓約します」と載せ、誓約書も兼ねています。指導開始の際、B男本人と一緒に項目を読み上げ署名させ、写しを本人に渡しました。

 

 改善指導書に沿って、隔週の目標を設定し到達度をチェックしていきます。振り返りのための面談を実施し議事録は会社側の記録として残しました。

 

 この期間、B男は具体的に主に3つの指導を受けました。1つは発声練習(出勤時、社長室へ顔を出し大きな声であいさつする)、2つ目は業務日報の作成(時刻、実施内容、所要時間、気づいた点、解決策、を記入)、3つ目は本人の言葉で改善策を説明させることです。その都度、担当役員が気づいた点を伝えていきました。

 

【経過】当初、日報には空欄が目立ちました。業務の手待ち時間には私的なスマホ操作をしており、この時間を使って書類を作成するなど業務の効率化がなされていません。業務の量も質も低いことが明白となりました。ただ本人にその自覚はなく、手待ち時間に仕事をしていないことを問題とも捉えていないようでした。

 

 役員は日々、日報の誤字脱字に赤字を入れる、解決策をB男に気付かせるよう言葉巧みに誘導し、その内容を業務の場面に落とし込み具体的に記入させる―、などB男と正面から向き合いました。役員の社員を思う気持ちと忍耐力には他社員も感心しました。

 

B男は、半年後に第一子が誕生する予定でした。実は、指導が始まった2週間ほどはやらされていると感じていました。ところが、先輩から「今のままでは退職させられるぞ」と言われ、自らが置かれている現実ををようやく理解しました。

 

ほどなく、「頑張りますからチャンスをください」とアピールするようになったものの、一朝一夕には期待される成果をあげられません。しかし、B男からこれまで感じられなかった気骨を感じた担当役員は、社長に改善の可能性を上申し見守ることになりました。小さな変化ですが、以前より大きな声で指示を出せるようになってきていました。

 

子供が誕生する頃、B男に成長による変化が現れました。わからないことは積極的に周りに尋ね、日報も埋められるようになりました。表情も明るくなり自信がついてきたようです。

 

 

【まとめ】「人材は他社から連れてくれば良い」と安易に考える向きがあります。現実には、人材紹介会社の利用を試みても、中小企業では応募までは滅多にたどり着きません。いきおい、能力不足の社員については指導教育に時間をかけることになります。

 

 これは手間がかかる一方で、社員を大切にする会社であることを社内外に示す手段ともなります。見捨てないことも労使間の絆を深めるので、結果的に社内全体の労働意欲を高めることになるといえるのです。

 

第一法規『CaseAdvice労働保険Navi 20255月号』拙著コラムより転載