
【背景】A建築事務所の社長から、有資格者B男(54歳)のことで相談がありました。
最近のB男は、書類の間違いが多く取引先からクレームを受けるほどでした。社長は、頼れるベテラン社員だったB男を再教育するにはどうしたらよいものか、と悩んでいました。
【問題点】B男の勤務状況を他社員から聞き取ると、確かに仕事上、支障ある状態であることが明らかとなりました。
まず、官公庁への書類提出の期限が守れないこと、次に、取引先と約束した書類を提出しないばかりか、約束したことさえ忘れていること、さらに、社内の報告・連絡・相談(報・連・相)が出来ずに所内連携がとれないことです。単語が思い出せない症状も頻発していました。記憶障害、判断力の低下、問題解決能力の低下がみられ、性格も怒りっぽくなっていることがわかりました。
現状の大きな問題は、B男に幹部候補のC男(40歳)を付けなくてはならないことです。B男のミスを防ぎ、補うためとはいえ、2人分の仕事を担うことになったC男は、新規業務に着手できないでいます。人材不足のなか、これも生産性が落ち込んでいる原因になっていました。ルーティン業務は今のところなんとかこなせています。ただ、オーバーワークになっていることは否定できず、C男が体を壊すのも時間の問題と思われました。
【解決策】社長と今後の方針を話し合いました。結論として、B男は、怠け心でミスをしているとは考えにくく、精神的な不調を伴う何らかの病気が疑われました。事実の確認のためには、専門医への受診が必須となります。B男には、第一に、会社指示で産業医の受診をしてもらうこととなりました。その後の流れを、次のように考えました。
➀産業医の診断で何らかの病気が疑われる場合、適切な診療科で検査を行う、②必要な治療を受けてもらう、
③治療しても業務で求められるレベルに達しない場合は、配置転換で業務負担を軽くするか、休職と傷病手当金の申請を検討する、④配転先でも業務に対応できない場合には、障害年金の請求とともに自然退職を検討する―。
【経過】様々な検査を受けた結果、B男は「若年性認知症」と診断されました。認知症にはいくつか種類があり、B男はアルツハイマー型でした。この認知症は、認知低下が進みやすい一方で、初期治療が進行度合いを左右するため、家族にも説明し休職により治療に専念させることにしました。
【まとめ】2020年の若年性認知症の数は、約3万6千人(2020年3月・日本医療研究開発機構認知症開発事業の調査による)となり、18~64歳の人口10万人当たり約51人、2009年比ではプラス約7%と増加傾向にあります。
初期症状は、①もの忘れが多くなった、②言葉が上手く出なくなった、③怒りっぽくなった、④何事にもやる気がなくなった、⑤仕事や家事などでミスが多くなった、⑥今までにない行動・態度が出るようになった、とあり、認知症の種類により出現しやすい症状は異なります(東京都健康長寿医療センター研究所)。うつ病や他の精神疾患と間違えられやすく、確定診断まで時間がかかることもあるようです。
B男が診断されたアルツハイマー型は、認知症発症者の過半数を占める疾患です。アルツハイマー型の発症原因ははっきりわかっていません。糖尿病や運動不足などさまざまな要因がいくつも重なって、脳の異変が広がりながら症状は進んでいきます。
進行性ではあるものの、「軽度認知障害」という認知症の前段階の状態で早期に適切な治療を行えば、健常な認知機能まで回復する可能性は14%~44%もあるというデータもあります。自分で異常に気づけるツールもインターネット上に公開されています(東京都福祉局による「自分でできる認知症気づきチェックリスト」)。
活躍してきた社員を病気で失うことは、会社にとっても極めて大きな損失となります。特に本人が自覚しにくい認知症のような病気については、異変を早めに察知し治療に結びつけられるよう、会社側で常に目くばせする姿勢が求められます。
第一法規『Case&Advice労働保険Navi 2025年4月号』拙著コラムより転載