【中小企業の賃上げと退職金制度との兼合い】

【背景】中小企業における初任給と退職金への対応は、転換期を迎えています。背景にあるのは、ここ数年の初任給をはじめとした急激な賃上げです。

 

 大企業を中心に初任給3040万円という水準が珍しくなくなり、資金力の乏しい中小企業も人材確保のための賃上げを迫られています。この流れに追随するだけでは、経営を圧迫するリスクがあることが問題です。

 

【相談】創業50年の建設業A社では、仕事はあっても受託できないことが増えています。人手不足と採用難のためです。給与を据え置き1年以上応募がない状態が続いていたため、状況を改善すべく、退職金制度と給与制度をセットで改定したいと考えています。

 

【問題点】求職者の視点で応募のプロセスを辿ると、最初に各転職サイトで給与の多い順に検索を掛け、次に、ホームページから感じられる社風や労働環境を確認しています。よって、転職サイト上で検索されるためには、まずは他社より多い給与金額の設定を行うことが必要です。同時に既存社員の賃上げの検討も避けられません。

 

退職金に関しては、「基本給×勤続年数」など、給与に連動する仕組みで設計されてきました。そのため、初任給やベース給与を引き上げると、退職金の水準も連動して上昇します。将来の負担額が膨らみ、資金繰りを圧迫、経営の安定性を損なうことが懸念されます。

 

【解決策】このようなリスクを回避し、採用競争力を高めるため、「給与と退職金を切り離した制度の再設計」が必要です。具体的には給与と退職金を別々に管理します。

 

まず、新卒と中途採用者の採用時給与は、他社水準より若干上乗せし、かつ中間層の社員から不満が出ないように全体的に給与の上乗せを行いました。具体的には、従前より新卒・中途採用者の給与を5~7万円引上げ、新卒を含めた業界未経験者で30万円~、経験者は40万円~としました。

 

一方で、退職金制度は、既存社員への現存制度に従った支給額を確保しつつ、新年度からは全社員一律に「ポイント制」を採用することにしました。これは、勤続年数だけでなく役職や評価に応じてポイントを付与し、その累積によって退職金額を決定する仕組みです。会社は将来の支払い額をコントロールしやすくなり、社員にとっても貢献度が反映される公平性の高い制度となります。

 

加えて、「確定拠出年金(DC)」も併用することにしました。会社が毎月一定額を積み立て、社員自身が運用する制度で、企業側の負担が固定化されます。将来の支払い額が確定しているため、財務リスクを抑えやすく、若手社員にとっても資産形成のメリットがあります。中小企業では転職者の割合が高く、持ち運びできる退職金制度は、志望動機の1つとなりえます。

 

【課題と留意点】退職金の制度改革は社員にとって将来設計に関わる大問題です。不利益変更ではないかという不安や反発が起こりやすく、既存社員が不利益を被らないよう配慮した制度設計の構築と、十分な説明が望まれます。

 

 生涯給与総額と退職金の見込額をシミュレーションして示すなど制度を可視化すると、社員の理解を得られやすくなります。また、一斉に新制度へ切り替えるのではなく、旧制度と新制度の併用期間を設けるなど、段階的に移行する配慮も必要です。

 

 

【最後に】新卒者や中途採用者の急激な給与上昇は、入社の動機付けには有効ですが、これのみで定着を促し、社員が長期の貢献をしてくれるとは限りません。給与目当ての人材は、自社より高給で雇ってくれる会社があれば簡単に転職します。

 

 給与の多寡だけで人材を惹きつける人材獲得合戦は、資金面の疲弊のみならず採用担当の社員を精神的に消耗させてしまいます。規模が小さいが故に成しえる、社員個々の家庭環境に応じた働きやすい環境の創出、居心地のよい組織文化の浸透といった、魅力づくりにも注力し続けることが不可欠だと感じています。

 

第一法規『CaseAdvice労働保険Navi 20264月号』拙著コラムより転載